Artificial Intelligence (AI)
管理されないAI導入が企業にもたらすリスク
AIモデルに対して暗黙のうちに抱かれがちな前提を問い直し、現実の運用環境において現れる偏りや限界、そして管理が不十分なままAIを導入した場合に生じる影響を明らかにすることで、AIを「賢い道具」としてではなく、「扱い方を誤ればリスクになり得る存在」として捉え直します。
大規模言語モデル(LLM)を含むAIシステムは、業務プロセスの中でますます重要な役割を担うようになっています。コンテンツ生成から顧客対応に至るまで、その利用範囲は広がり続けています。しかし、AIの応答は一見すると客観的で権威的に聞こえるものの、私たちの調査が示しているのは、それらが本質的に信頼できるわけではなく、適切な検証を前提として初めて使えるものだという事実です。
AIは中立的でも、決定論的でもありません。LLMは学習データをそのまま反映します。そこには欠落もあれば、偏りもあり、すでに古くなった情報も含まれています。その結果として、AIシステムは次のような振る舞いを見せることがあります。
- 文化的・社会的・政治的な偏りを、そのまま映し出してしまうことがあります。
- 一貫性に欠ける、あるいは互いに矛盾する出力を生み出すことがあります。
- しかも、不確かさの兆しをほとんど示さないまま、断定的に誤ったことを述べてしまう場合があります。
組織がAIの出力を「基本的に正しいもの」として受け取ってしまうと、こうした技術的な限界や内在する偏りは、そのまま企業リスクへと転化します。本研究では、AIに内在するバイアスや失敗が、現実の利用場面でどのような形で現れるのかを検証し、それらが企業にどのような悪影響を及ぼし得るのかを掘り下げていきます。
AIの限界が、どのようにビジネスリスクへと変わるのか
今回の調査では、約100種類に近いAIモデルを対象に、意図的に挑発的な800問以上の質問を用いながら、数千回に及ぶ反復実験を実施しました。分析対象となった入力トークンは総計6,000万以上、出力トークンは5億を超えています。量だけでなく、同じ問いを異なる角度から繰り返し投げかけることで、AIの振る舞いがどのように揺らぎ、変質していくのかを丹念に追いました。
これらのテストによって浮かび上がったのは、AIに固有の限界が、そのまま運用上の問題や評判リスク、さらには金銭的損失につながり得るという現実です。技術的な癖や弱点は、適切に管理されなければ、企業リスクとして具体的な形を取り始めます。
1. 関連情報と無関係な情報を切り分けられない
AIモデルは、重要な情報とそうでない情報を見分けることにしばしば苦労します。プロンプトの中に無関係な情報が含まれるだけで、多くのモデルが判断を誤ったり、出力が歪んだりしました。今回テストしたモデルのうち、正しい回答を返せたのはわずか43%にとどまっています。
ビジネスリスク
このような弱点は、結果を意図的に操作するために悪用される可能性があります。その結果、財務計算の誤り、データの誤分類、あるいは自動化された意思決定の破綻といった問題が現実の業務に持ち込まれるおそれがあります。
2. 文化的・社会的・宗教的文脈への理解が限定的である
特定の地域で学習されたAIモデルは、別の地域では文化や宗教的規範と衝突する出力を生成することがあります。AIをグローバルに展開する組織にとって、これは特に見過ごせないリスクです。
ビジネスリスク
文脈に合わない応答は、世論の反発を招いたり、特定の顧客層を疎外したり、地域ごとの規制に抵触したりする可能性があります。その影響は一過性にとどまらず、長期的なブランド価値の毀損につながることもあります。
3. 政治的文脈に対する理解が不十分である
AIモデルは、政治的なタイムラインや正当性、権限関係について十分な理解を持たないことが多く、とくに時間依存性や地域固有の文脈が求められる場面では、その弱さが顕著に表れます。
ビジネスリスク
政治に関する誤った、あるいは誤解を招く出力は、法的リスクやコンプライアンス違反を引き起こす可能性があります。とりわけ、AIが生成した内容が企業名義で公開される場合、その影響は評判リスクとして直接跳ね返ってきます。
4. 過度に「親切」な振る舞い
ユーザが同じ質問を繰り返したり、言い換えて尋ねたりすると、AIモデルは次第に「役に立とう」として応答を調整していく傾向があります。その過程で、正確さよりも応答の好意性が優先されてしまうことがあります。
ビジネスリスク
この挙動は、金融、法務、行政といった分野では深刻な問題になり得ます。繰り返しのプロンプトによって、実態とは異なるが都合のよい回答を引き出され、その結果が現実の判断や行動に影響を及ぼす可能性があるためです。
5. 「現在」を正しく認識できない
多くのAIモデルは、たとえリアルタイムデータを利用できる環境にあっても、現在の事実について古い、あるいは一貫性のない前提に基づいて応答してしまうことがあります。
ビジネスリスク
価格設定、為替換算、市場分析、意思決定支援といった用途でAIを活用している組織では、古い情報があたかも最新であるかのように提示されることで、業務上のミスや信頼性の低下を招くおそれがあります。
6. 地理的位置に関する誤った推定
一部のモデルは、信頼できる情報や根拠がないにもかかわらず、ユーザーやシステムの所在地を推測しようとします。その結果、もっともらしく聞こえるものの、実際には完全に作り上げられた情報を生成してしまう場合があります。
ビジネスリスク
確認されていないAIの出力を、位置情報、コンプライアンス対応、パーソナライズ用途に使ってしまうと、誤りが積み重なり、信頼を損なうだけでなく、規制要件に違反するリスクを抱え込むことになります。
分野を越えて広がる影響
管理されないままAIが導入されると、その影響はすべての関係者に同じ形で及ぶわけではありません。しかし、分野ごとに異なる形を取りながらも、無視できない影響が確実に広がっていきます。
企業
企業にとって、AIが生成した出力は、ときに組織として本来は支持していない立場や見解を、あたかも企業の意思であるかのように発信してしまう可能性があります。とりわけグローバル企業では、AIの出力が多様な文化、言語、宗教的背景と整合しているかを常に確認しなければなりません。そこを怠ると、意図しない摩擦や誤解が、企業活動そのものを揺るがすことになります。
政府
政府機関がAIの出力を利用する場合、その影響は公共メッセージや政策形成にまで及びます。政府が発信する情報は、多くの場合「公式なもの」として受け取られるため、十分な検証を行わないままAIを組み込むと、偏った、あるいは現行の政策や地域文化、慣習とずれた内容が、そのまま社会や政治に大きな波紋を広げるおそれがあります。
個人
AIシステムが日常生活の一部になりつつあるなかで、利用者がAIの応答を過度に信頼してしまったり、システムの背後にある方針や制約を十分に理解しないまま個人情報を共有してしまったりする場面も増えています。AIへの依存が進むと、出力を批判的に吟味せず受け入れてしまったり、不適切な応答をそのまま受け取ったりするリスクが高まります。その結果、プライバシー、認知、さらには社会的な側面にまで影響が及ぶ可能性があります。
責任あるAIの導入に向けて
今回の分析では、地域性、ジオフェンシング、データ主権、検閲といった文脈の中でAIバイアスがどのように現れるかを示す具体的な事例が明らかになりました。これらはいずれも、AIモデルの振る舞いや出力に影響を与える要因です。本研究は、LLMの能力に対して一般に抱かれがちな前提を問い直し、これらのモデルに一方的に依存することのリスクを浮き彫りにしています。
AI技術において、透明性と説明責任を確保することは不可欠です。AIは間違いなくビジネスイノベーションを推進する強力な存在ですが、その可能性を十分に引き出すためには、徹底した検証と、事前にリスクを見極める姿勢とが常に伴わなければなりません。
本調査の詳細については、レポート全文「管理されないAI導入と企業へのリスク」をご覧ください。このレポートでは、実際に異なるモデルが返した応答例を含め、分析結果の詳細や、AIバイアスのリスクを軽減するための追加提言を紹介しています。
また、AI導入を検討・推進する組織向けに、主要な発見事項やテーマ、その含意を簡潔にまとめたエグゼクティブブリーフも用意しています。こちらは、レポート全体の要点を短時間で把握したい方に向けた内容となっています。
参考記事:
How Unmanaged AI Adoption Puts Your Enterprise at Risk
By Josiah Hagen, Vladimir Kropotov, Robert McArdle, and Fyodor Yarochkin
翻訳:与那城 務(Platform Marketing, Trend Micro™ Research)