AIリスク管理とは?

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AI(人工知能)リスク管理とは、AIシステムを利用してリスクを発見、評価、軽減するプロセスです。

AIリスク管理の必要性を理解する

AIリスク管理には、質の低い学習データ、モデルの盗難、偏ったアルゴリズム、予期せぬ動作といったAI特有の課題があるため、従来のITリスク管理とは異なります。AIの進化はとどまるところがなく、Forrester社は「継続的な保証を生み出すことを目標とした、継続的なリスク管理を実施する必要がある」と述べています¹。

AIは組織の業務のあり方を変革し続けており、AIがもたらす新たな、そして絶えず変化するセキュリティリスクへの対応も例外ではありません。攻撃者は、学習データの改ざんによるモデルの侵害、アルゴリズムの窃取、AIの判断を操作して不公平な結果を導くなど、さまざまな手法でAIを悪用する可能性があります。これらの問題に対処するには、潜在的なリスクを適切に軽減・管理するため、AIに特化した専門的な監視と技術的な保護が求められます。

AIシステムに不具合が生じた場合、単なる技術的な障害にとどまらず、規制違反による罰則、組織の信用失墜、経済的損失、さらには訴訟リスクにまで発展する可能性があります。

ある調査によると、AIシステムを評価している組織の37%が、セキュリティとコンプライアンスへの懸念を最大の課題として挙げています²。特にITリーダー層ではこの割合が44%に達しており、AI導入と効果的なリスク管理の間に大きなギャップが存在していることが明らかになっています。

図:AIリスク管理の概要

AIセキュリティの脅威を特定する

AIシステムは、従来のセキュリティツールでは検出・阻止が困難な、さまざまなセキュリティリスクに直面しています。これらの脅威を把握することは、適切なリスク管理に不可欠です。

不適切な学習データ

サイバー犯罪者はAIモデルを侵害するため、学習データセットに有害なデータを注入します。これにより、モデルは誤分類をしたり、攻撃者に有利な不公平な判断を下したりする可能性があります。

モデルの盗難

巧妙な攻撃者は、AIモデルの出力を分析して貴重なAIモデルを複製し、重要なビジネス上の優位性を窃取する可能性があります。

敵対的サンプル

AIシステムを欺き、誤った予測をさせるために意図的に細工された入力のことです。例えば、僅かな変更によって自動運転車が交通標識を誤認識したり、顔認証システムが人物を誤認識したりする可能性があります。

学習データの抽出

攻撃者はモデルの出力から、学習データに含まれる機密情報や特定の個人情報を推測または再構築し、プライバシーを侵害する可能性があります。

行動分析

AIシステムは、通常の動作において予測可能なパターンを示します。これらのパターンからの逸脱を監視することで、セキュリティインシデントやシステム上の問題を示唆する可能性があります。

パフォーマンスの追跡

AIモデルの精度やパフォーマンスの急な変化は、攻撃やその他のセキュリティ問題を示唆している可能性があります。自動監視によってパフォーマンスを追跡し、セキュリティチームに問題を警告することができます。

アクティビティログ

AIシステムのアクティビティを完全に記録することで、システムの動作を可視化し、セキュリティインシデントの調査に役立てることができます。これには、モデルへのリクエスト、データアクセス、管理者による操作の追跡などが含まれます。

脅威インテリジェンス

新たなAIセキュリティの脅威に関する最新情報を常に把握しておくことで、組織はシステムをプロアクティブに保護することができます。脅威インテリジェンスは、新たな攻撃手法や脆弱性に関する知見を提供します。

AIリスク評価の主要な構成要素

優れたリスク評価には、技術的な脆弱性とビジネスへの影響の両方を網羅した、明確な手法が求められます。AIリスク評価を実施する際に考慮すべき主要な要素を以下に示します。

資産の特定

組織は、モデル、データセット、開発ツール、システムに至るまで、AIスタック全体を可視化する必要があります。AI関連のクラウリソースを検出し、リスクとビジネス上の重要度に基づいて優先順位付けできる自動化ツールの活用が有効です。

AI脅威分析

AI脅威分析は、従来のソフトウェアセキュリティの枠を超え、機械学習を含む様々なAIへの攻撃手法を網羅します。これにより、AIモデル、学習データ、そしてシステムに対する潜在的な攻撃経路を特定します。

影響評価

組織は、AIシステムの障害や侵害が、個人、特定の集団、ひいては社会全体にどのような影響を及ぼすかを評価する必要があります。これには、バイアス、プライバシー侵害、安全性の問題に関する検証が含まれます。

リスクの定量化

リスクを定量化することで、組織はセキュリティ投資を最適化し、許容可能なリスクレベルについて情報に基づいた意思決定を行うことができます。これには、AIのセキュリティインシデントやコンプライアンス違反による潜在的な経済的損失の算出も含まれます。

図:AIリスク評価の主要な構成要素

強力なAIガバナンスを構築する方法

他のガバナンス基準と同様に、強力なAIガバナンスには、さまざまな事業部門や技術分野にわたる連携と、明確で一貫性のあるルール、統制、監視が不可欠です。

ルールの策定

組織には、AIの開発、利用、運用を網羅した包括的なポリシーが求められます。これらのポリシーは、規制要件とステークホルダーの期待に応えつつ、ビジネス目標に整合するものでなければなりません。

役割と責任の明確化

責任を明確にすることで、システムのライフサイクル全体を通じてAIリスクが適切に管理されるようになります。具体的には、AIリスクの責任者を任命し、監督委員会を設置し、エスカレーションのプロセスを確立する必要があります。

技術的統制の導入

AIに特化したセキュリティ対策は、従来のサイバーセキュリティでは対処できない固有のリスクに対応します。これには、AIモデルのスキャン、ランタイム保護、専門的な監視などが含まれます。

継続的な監視

AIシステムは、パフォーマンスの変化、セキュリティ上の問題、コンプライアンス違反を検知するため、継続的な監視が求められます。自動化された監視は、モデルの振る舞いを追跡し、セキュリティチームに問題を警告する上で有効です。

AIシステムにおける重要なセキュリティ管理

セキュリティは、あらゆるリスク管理に不可欠な要素であり、特にAIの領域ではその重要性が増します。AIシステムを保護するには、AIのライフサイクル全体にわたるリスクに対処する多層的なセキュリティ対策が必要です。

開発段階のセキュリティ

セキュアな開発プロセスは、AIシステムに設計段階からセキュリティが組み込まれることを保証します。これには、コードスキャン、脆弱性チェック、AIアプリケーションにおけるセキュアコーディングの実践が含まれます。

データ保護

AIシステムは、特別な保護を必要とする多くの機密データを処理します。これには、データの暗号化、アクセス制御、プライバシー保護技術などが含まれます。

モデルセキュリティ

AIモデルは、盗難、改ざん、その他の攻撃から保護されなければなりません。モデルの暗号化、アクセス制御、そして継続的な検証は、貴重なAI資産を保護する上で役立ちます。

ランタイム保護

AIアプリケーションは、実行時に攻撃に対するリアルタイムの保護を必要とします。これには、入力値の検証、出力のフィルタリング、そして異常なアクティビティを検知するための振る舞い監視が含まれます。

AIリスク管理に関する法規制

各国政府がAIに特化した規制を導入するにつれて、コンプライアンスの重要性はますます高まっています。Forrester社は、「エージェントAIは、進化する規制に準拠しつつ、複数の管轄区域にわたる規制の整合性を維持しなければならない自律的な意思決定を導入する」と述べています³。EU AI法などの新しい規制では、AIシステムの開発と利用に際して具体的な基準が求められています。組織は、自社の事業領域に適用される規制を理解し、遵守する必要があります。ISO 42001などの業界標準は、AI管理システムのフレームワークを提供し、組織が責任あるAIの実践を証明する上で役立ちます。これらの標準規格に準拠することで、規制上のリスクを軽減し、ステークホルダーからの信頼を高めることができます。

AIシステムは個人データを取り扱うことが多く、GDPR(EU一般データ保護規則)などのプライバシー規制が直接的に適用されます。組織は、AIシステムがデータ保護要件に準拠していることを確認するとともに、監査時にコンプライアンスを証明できるよう、開発、テスト、運用に関する詳細な文書を保持する必要があります。

AIセキュリティチームの構築

強力なAIリスク管理戦略を構築するには、AIに関する深い知識とプロアクティブなサイバーセキュリティソリューションの組み合わせが不可欠です。

必要なスキル

AIセキュリティの専門家には、強固なサイバーセキュリティスキルに加え、機械学習モデルの構築、展開、監視方法に関する基礎知識が求められます。AIシステムを保護するには、従来のセキュリティリスクに加え、モデルの行動、データパイプライン、展開アーキテクチャの選択が、いかにして新たな脆弱性を生み出すかを理解する必要があります。このようなスキルセットを持つ人材は稀であるため、人材採用やスキルアップへの投資、そして特定の担当者に依存しない部門横断的なチームの構築が重要になります。

トレーニングプログラム

AIセキュリティのトレーニングプログラムには、AI特有の脅威、セキュアな機械学習ライフサイクルの実践、レッドチーム演習、インシデント対応、コンプライアンスとプライバシーに関する指導、さらにはハンズオンラボが含まれます。エンジニア、アナリスト、リーダーといった役割に応じたコースを提供し、進化するリスクに対応できるよう継続的な学習機会を設けることが理想的です。

外部の専門家の活用

多くの組織は、社内のセキュリティ能力を補完するため、AIセキュリティを専門とするプロバイダーと提携しています。こうした提携により、社内での育成には多大なコストがかかる専門知識やツールを活用できるようになります。

継続的な学習

AIセキュリティの分野は急速に変化しており、継続的な教育とスキル開発が不可欠です。組織は、チームが新たな脅威やテクノロジーに常に対応できるよう、継続的な学習プログラムに投資すべきです。

図:AIセキュリティチームの構築

AIリスク管理がもたらすビジネス上のメリット

AIリスク管理への投資は、リスクの軽減にとどまらず、次のような大きなビジネス価値をもたらします。

競争優位性:強力なAIガバナンスを持つ組織は、AIシステムをより確信をもって迅速に活用できます。これにより、適切なリスク管理を怠っている競合他社に先んじて、イノベーションを加速し市場優位性を確立できます。

信頼の構築:包括的なAIリスク管理は、顧客、パートナー、規制当局との信頼関係を醸成します。これにより、実証されたAIガバナンスを前提とする新たなビジネスチャンスやパートナーシップへの道が拓かれます。

コストの回避:AIセキュリティインシデントを未然に防ぐことで、データ侵害、規制当局による罰金、そしてレピュテーションへの損害といった多大なコストを回避できます。データ侵害による平均的な損失額は445万ドルですが、AI関連のインシデントではさらに高額になる可能性があります。

効率の向上:自動化されたAIセキュリティ統制により、手作業による監視の必要性が低減され、より強固な保護が実現します。これにより、組織はセキュリティのリソースを不必要に増加させることなく、AIの活用を拡大できます。

AIリスク管理の始め方

包括的なAIリスク管理を構築するには、時間をかけて段階的に能力を開発していく、体系的なアプローチが必要です。今日の課題は、AIリスク管理を導入するか否かではなく、AIセキュリティ機能への戦略的投資を通じて、いかに迅速に効果的なガバナンスと競争優位性を確立するかです。

  1. 評価と計画
    まず、現在のAI活用状況とセキュリティ体制を徹底的に評価することから始めます。能力のギャップを特定し、それに対処するためのロードマップを策定します。
  2. 短期的な成果の実現
    まずは、短期間で効果が見込める基本的なAIセキュリティ管理に重点を置きます。これには、AI資産の特定、基本的な監視、ポリシーの策定などが含まれます。
  3. 段階的な導入
    AIリスク管理のケイパビリティ(組織的能力)を段階的に構築します。最もリスクの高いシステムから着手し、徐々に対象範囲を拡大していきます。このアプローチにより、即時的な保護を実現しつつ、継続的な学習と改善を促進します。
  4. 継続的な改善
    AIリスク管理は、継続的な改善が求められるプロセスです。定期的な評価と更新を通じて、変化する脅威に対する有効性とレジリエンス(回復力)を維持します。

AIリスク管理に関するサポート

AIを取り巻く環境は常に変化しており、その変化に対応するためには、迅速に進化するソリューションが必要です。Trend Vision One™ AIセキュリティソリューションは、AIスタック全体を保護する多層的なアプローチを提供し、プラットフォームに組み込まれたAIを活用してセキュリティチームの運用効率を向上させます。AIサイバーセキュリティに関する詳細は、こちらをご覧ください。

 

出典: 

¹ Pollard, J., Scott, C., Mellen, A., Cser, A., Cairns, G., Shey, H., Worthington, J., Plouffe, J., Olufon, T., & Valente, A. (2025). Introducing Forrester’s AEGIS Framework: Agentic AI Enterprise Guardrails for Information Security. Forrester Research, Inc.

² Leone, M., & Marsh, E. (2025 January). Navigating Build-versus buy Dynamics for Enterprise-ready AI. Enterprise Strategy Group.

³ Pollard, J., Scott, C., Mellen, A., Cser, A., Cairns, G., Shey, H., Worthington, J., Plouffe, J., Olufon, T., & Valente, A. (2025). Introducing Forrester’s AEGIS Framework: Agentic AI Enterprise Guardrails for Information Security. Forrester Research, Inc.

フェルナンド

プロダクトマネジメント担当バイスプレジデント

ペン

Fernando Cardosoはトレンドマイクロのプロダクトマネジメント担当バイスプレジデントとして、進化を続けるAIとクラウドの領域に注力しています。ネットワークエンジニアおよびセールスエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、データセンター、クラウド、DevOps、サイバーセキュリティといった分野でスキルを磨きました。これらの分野は、今なお彼の情熱の源となっています。