IoTやAI技術の進化により、現実世界の製品やシステムを仮想空間上に再現する「デジタルツイン(Digital Twin)」がさまざまな業界で注目を集めています。製造業における生産性向上から、都市開発、さらにはサイバーセキュリティ分野まで、その応用範囲は急速に拡大しています。一方で、「自社の業務にどう活かせるのか」「試しに導入したものの、実際の成果につなげられるのか」といった疑問を持つ担当者も少なくありません。この記事では、デジタルツインの基本的な仕組みや導入メリット、具体的な活用事例について解説します。
目次
デジタルツイン(Digital Twin)とは、その名のとおり「デジタルの双子」を意味し、物理的な製品、プロセス、システムを仮想空間に再現したシミュレーションのことです。
単なる3Dモデルではなく、IoTセンサーやスマートデバイスなどから収集されるリアルタイムデータにもとづいて、現実世界の状態を常に反映する「生きた」モデルである点が最大の特徴です。元のオブジェクト(現実)とツイン(仮想)の間には「ライブ接続」があり、複製対象の動作やパフォーマンスの変化を常にデジタル側へ反映し続けます。
■デジタルツインのイメージ
デジタルツインの概念自体は新しいものではなく、1960年代のNASAアポロ計画で、地上の管制室に宇宙船の状態を再現するために初めて使用されました。近年、IoT・AI・クラウド技術の進化により、膨大なデータの収集と処理が可能になったことで実用化が加速しています。
現在、多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する中で、データ活用の重要性はますます高まっています。通常、物理的なテストやプロトタイプの作成には多大なコストと時間がかかりますが、デジタルツインを活用し、これらの工程を削減することで、開発期間の大幅な短縮を期待されているのです。
デジタルツインと混同されやすい言葉に「シミュレーション」「バーチャルツイン」「メタバース」があります。それぞれの違いを紹介します。
シミュレーションは、ある条件や時点を想定して、製品や設備の挙動を検証する手法です。過去の試験結果や設計検証データなどをもとに計算・解析を行い、強度や性能、動作の傾向などを事前に確認できます。
一方、デジタルツインは実際の設備やシステムの稼働状況と連動し、状態の変化を継続的に反映できる点が特徴です。シミュレーションは特定条件での検証に適しているのに対し、現実の変化を追い続ける用途には向かず、主に設計や検討フェーズで活用されます。
バーチャルツインは、製品や設備がまだ実在しない設計・開発段階で作成される仮想モデルです。詳細な設計データをもとにバーチャルツインを作成してシミュレーションを行い、性能や構造を多角的に検証することで、試作品の削減や設計精度の向上につながります。
これに対してデジタルツインは、製品や設備が稼働した後も、センサーなどから得られる実データを反映しながら活用されます。バーチャルツインは設計時点の検証が中心で、運用フェーズまで継続的に更新されることはほとんどありません。この点が両者の大きな違いです。
メタバースは、人が集い、交流や経済活動を行うための仮想空間そのものを指します。現実世界を再現する場合もありますが、必ずしも現実と正確に対応している必要はなく、体験やコミュニケーションが主目的です。
一方、デジタルツインは現実世界の設備やシステムと対になる存在であり、現実の状況を正確に把握・分析・最適化することを目的としています。仮想空間である点は共通していても、現実との結びつきの強さや目的の違いが、メタバースとデジタルツインを分けるポイントといえるでしょう。
参考:
・メタバース空間のサイバー脅威予測:メタバースorメタワース?
■デジタルツインとシミュレーション・バーチャルツイン・メタバースの違い
| デジタルツイン | シミュレーション | バーチャルツイン | メタバース | |
|---|---|---|---|---|
| 主な目的 | 現実の状態把握・改善・最適化 | 挙動や性能の事前確認 | 設計内容の詳細な検証 | 体験・交流・経済活動 |
| データの性質 | リアルタイムで更新される実データ | 想定条件にもとづく静的データ | 設計時点のデータ | 必ずしも現実データを使わない |
| 現実世界との関係 | 現実と常に連動 | 原則として連動しない | 原則として連動しない | 現実とは独立した空間 |
| 利用フェーズ | 稼働後も継続的に利用 | 主に設計・検討段階 | 設計・開発段階 | 利用・体験時 |
| 主な活用例 | 故障の予測・未然防止、運用改善、異常検知 | 強度・性能の検証 | 試作削減、設計精度の向上 | 仮想会議、イベント、EC |
デジタルツインを導入することで、企業は開発から保守に至るまでさまざまなメリットを享受できます。ここでは、デジタルツインのメリットについて解説します。
デジタルツインを活用することで、開発期間の短縮とコスト削減を同時に実現できる点がメリットです。
物理的なプロトタイプを何度も作成する必要がなくなり、仮想環境上でさまざまな条件下のテストを高速で繰り返せるため、試行錯誤のサイクルを短縮できます。その結果、開発にかかる時間や人件費、試作コストを抑えながら、製品開発や製造のスピードを高めることが可能です。
また、物理的なテストモデルの作成や廃棄が減ることで、資材ロスの削減や環境負荷の低減にもつながります。
デジタルツインを活用することで、製品やシステムの品質向上とリスク低減を図れる点もメリットです。
設計段階でさまざまな条件やシナリオをシミュレートできるため、不具合や欠陥を早期に発見・修正できます。さらに、災害や事故など、現実環境では検証が難しい極端なケースについても事前に検証が可能です。
本番環境のダウンタイムを発生させることなく複数のシナリオをテストでき、より根拠のある意思決定が行えるため、トラブル発生のリスクを最小限に抑えられます。
設備や製品の稼働状況をリアルタイムに把握し、安定稼働と保全業務の高度化につながる点も、デジタルツイン活用のメリットです。
センサーなどから取得したデータをもとに異常を即座に検知できるだけでなく、故障の兆候を事前に捉える「予知保全」が可能になります。これにより、計画的なメンテナンスを実施でき、突発的な故障やダウンタイムの発生を防ぐことができるでしょう。
さらに、遠隔地からでも設備の状態を把握・制御できるため、リモート管理や拠点間の連携が進み、保守・運用体制の効率化や安全性の向上にも寄与します。
デジタルツインの活用により、設計から製造、保守に至るまでのプロセスを一貫して最適化できる点もメリットです。
製品ライフサイクル管理(PLM:Product Lifecycle Management)全体をデジタル上で可視化・検証することで、設計内容と製造プロセスのズレを早期に把握することが可能です。その結果、最適な設計や製造方法を事前に見極められ、手戻りや無駄な工程を削減しながら、プロセス全体の効率化と品質の安定化を実現できます。
製品出荷後のアフターサービスを高度化し、顧客満足度の向上につなげられる点も、デジタルツイン活用のメリットのひとつです。
稼働状況を継続的に監視できるため、問題が顕在化する前に先回りした対応が可能です。また、顧客の使用データを分析することで、最適なメンテナンス時期の提案や、次世代製品の設計改善に活かすことができます。
これにより、保守対応の効率化に加え、長期的な顧客関係の強化やサービス価値の向上も期待できるでしょう。
デジタルツインは、対象や規模によって、主に次の3つに分類されます。ここでは、デジタルツインの種類について解説します。
製品デジタルツインは、自動車のエンジンや航空機の翼など、単一の製品や部品を仮想的に複製したものです。製品の性能をライフサイクルの各段階でテスト・分析するために使用されます。
主に設計・開発や品質検証のフェーズで活用され、製品単位での最適化に適しています。
プロセスデジタルツインは、製造プロセスや物流ネットワーク、工場の生産ラインなど、業務プロセス全体をシミュレーションしたものです。設備や工程、人、システムなどの要素がどのように連携しているかを可視化し、ボトルネックの特定や効率改善に役立てます。
工程間のつながりや業務の流れを俯瞰できるため、現場改善や生産性向上を目的に活用されています。
システムデジタルツインは、サプライチェーン全体、都市インフラ、エネルギーグリッドなど、複雑に相互接続されたシステム全体を複製したものです。個々の要素にとどまらず、システム全体の相互作用を踏まえて最適化を図ります。
複数のプロセスや組織をまたぐ領域を対象とし、経営判断や社会インフラの運用改善といった、より上位レイヤーでの活用が想定されます。
デジタルツインは製造業をはじめ、都市インフラや医療分野などさまざまな領域で実用化が進んでいます。ここでは、代表的な業界におけるデジタルツインの活用事例を紹介します。
製造業では、製品設計から生産ライン、サプライチェーン全体の最適化まで、幅広い用途で活用されています。
物理的なプロトタイプを作成せずに機能テストを行えるほか、生産状況や物流の流れをリアルタイムで可視化することで、開発の加速やボトルネックの解消につなげています。
スマートシティ分野では、交通網や電力網、水道などの都市インフラをモデル化し、運用や改善に役立てています。
交通流の分析や災害時の対応シミュレーション、エネルギー消費の最適化などを通じて、効率的で持続可能な都市づくりを支援しています。
医療分野では、患者ごとのデジタルツインを作成し、治療方針の検討や手術の事前シミュレーションに役立てられています。
加えて、医療機器の開発支援や病院運営の最適化、感染症の動向把握などにも活用が広がっています。
デジタルツインは単一の技術で実現できるものではなく、データの取得・伝送・分析・可視化を担う複数の技術が連携することで成り立っています。ここでは、デジタルツイン環境を構築・運用するうえで中核となる代表的な技術を紹介します。
IoTは、温度や振動、位置情報などを取得するセンサー類を通じて、現実世界の状態をリアルタイムで収集する技術です。物理世界のデータを継続的に取得することで、デジタルツインと現実世界を同期させる役割を担います。
AIは、IoTなどから収集した大量のデータを分析・評価し、予測や判断を高度化する技術です。異常検知や需要予測といった用途に加え、近年では生成AIやLLMを活用し、シミュレーション用データの生成やモデル構築を支援することで、開発や検証の効率化にも貢献しています。
5Gは、大容量データを低遅延で通信できる無線通信技術です。リアルタイム性が求められる監視や制御、遠隔地の設備との即時連携を可能にし、デジタルツインの即応性を支えます。
AR・VRは、デジタルツインに必要な情報を視覚的に表現し、直感的な理解や操作を可能にする技術です。設計レビューや現場作業の支援、遠隔地の関係者との協働などに活用され、意思疎通や作業効率の向上につながります。
CAE(Computer Aided Engineering)は、構造や流体、熱などの物理現象を数値解析し、設計の妥当性を検証する技術です。デジタルツインにおける高精度なシミュレーションを支え、設計品質の向上や手戻り削減に貢献します。
デジタルツインは、製造やインフラ分野に限らず、サイバーセキュリティ対策を高度化する手段としても注目されています。ここでは、デジタルツインを活用したサイバーセキュリティ分野での取り組みを解説します。
ITインフラをデジタルツイン上に再現することで、本番環境を止めることなく脆弱性を継続的に評価できます。最新の脅威情報にもとづいた攻撃シナリオを仮想環境でシミュレートすることで、防御策の有効性を安全に検証し、対策の精度向上につなげられます。
デジタルツイン環境を活用した訓練により、インシデント対応力の底上げが可能です。攻撃側(レッドチーム)と防御側(ブルーチーム)の演習を仮想空間で実施したり、AIエージェントによって多様な攻撃パターンを再現したりすることで、実践的な対応力を継続的に磨けます。
デジタルツインは、製造業からスマートシティ、医療に至るまで、コスト削減や品質向上を実現する技術として活用が進んでいます。そして今、この技術は、高度化・高速化するサイバー攻撃に対し、事前に備えるための「プロアクティブな防御」を実現する鍵として、サイバーセキュリティの分野でも注目されています。
トレンドマイクロの「Trend Vision One」は、AIによりデジタルツイン技術を高度に活用した法人向けサイバーセキュリティプラットフォームです。
Trend Vision Oneでは、エンドポイント、クラウド、ネットワーク、メールなどIT環境全域から得られるテレメトリを相関分析し、組織のIT環境を仮想的に再現。サイバーセキュリティのデジタルツインにより、本番環境に影響を与えることなく、攻撃シナリオの検証からリスクの可視化、対策の優先順位付けまでを一貫して行うことが可能です。
デジタルツインを活用し、問題が起きてから対応する従来型の対策ではなく、リスクを事前に把握し、備えるセキュリティ体制を構築するために、ぜひTrend Vision Oneの導入をご検討ください。
デジタルツインとは、物理的な製品やプロセスに影響を与えることなく、さまざまなバージョンや機能を試すために使用される仮想的なコピーです。
デジタルツインの具体例は、自動車の設計者が、空気力学や性能、燃費を向上させるために使用する自動車の仮想シミュレーションが挙げられます。
デジタルツインを活用すると、組織が現実世界に影響を与えることなく、製品やシステムのさまざまなバージョンをテスト・試行できるようにすることです。
はい。例えば、医療分野では、医師が患者のデジタルツインを活用し、さまざまな診断、医薬品、治療計画をテストすることが可能です。
はい、Google マップは地球全体のデジタルツインと見なすことができます。
複製対象のオブジェクトやシステムからリアルタイムでデータを受け取り、その変化を即座に再現するデジタルツインのことです。
デジタルツインの主な4つのタイプは、コンポーネントツイン、アセットツイン、システムツイン、プロセスツインです。
デジタルツインの範囲は、目的、分野、複雑さのレベルなど、さまざまな要素に基づいて分類されます。
4Dのデジタルツインとは、オブジェクトやプロセスが、3次元(3D)空間に時間軸を加えてどのように変化するかをシミュレーションするものです。
多くのデジタルツインはAI(人工知能)を活用していますが、デジタルツインそのものはAIではありません。AIは、デジタルツイン以外にもさまざまなテクノロジーを含む広範な概念です。