第42回SMILE PROJECTレポート

第42回 SMILE PROJECT は、平成30年7月の西日本豪雨によって大きな被害を受けた、愛媛県宇和島市吉田町にて活動を行いました。
東京と大阪から参加した総勢10名の有志の活動内容を、プロダクトマーケティング本部の釜池がレポートいたします。

■災害の状況
1日目の早朝、松山市から南下し、吉田湾に面する「災害NGO 結」のベースキャンプ「吉田ベース」に集合。そこで「結」の代表者から現在の状況に関してレクチャーを受けました。
今回の西日本豪雨で大きな被害を受けた県は岡山県、広島県、愛媛県ですが、愛媛県は本州から離れているためアクセスが悪く、他の県と比較して、支援を集めにくい状況にあるということでした。
とりわけ、今回活動を行った宇和島市吉田町は、松山市から車や鉄道で移動する必要があり、「どこかに行くときの通り道ではないため、明確な目的がない限り、わざわざ来ることはない場所」です。
そうした見過ごされがちな場所で SMILE PROJECT の活動を行うことは、意義があることだと思いました。

そしてもう一つの特徴は、みかん農家が多い地域であり、そのみかん農家の多くが被害を受けている、ということです。
具体的にはみかん畑自体の崩落、農道やスプリンクラー、収穫用のモノレール(モノラック)が被害を受けました。
吉田町は愛媛みかん発祥の地と言われ、江戸時代後期から栽培が始まった愛媛県を代表するみかんの産地です。その地域でみかん農家が被害を受けると、みかんジュースの製造など、みかん関連の仕事すべてに影響が波及してしまいます。そのため、地域産業の根幹である、みかん農家を総合的に支援することが、地域全体の復興にとって重要だという話でした。

■活動内容
<1日目>
今回のボランティア活動は、「災害NGO 結」と連携して実施しました。
1日目は3つのグループに分かれて、吉田町立間地区で活動しました。うち2グループは土砂災害に遭った住宅の清掃作業、残る1グループは平地にあるみかん畑に入ってしまった土砂を取り除く作業です。
私は住宅の清掃作業のグループでした。まず現地に伺って実感したのが、被害の凄まじさです。倉庫の2階部分に穴が開いていたので、どうしたのかと伺うと、裏山が崩れて流れてきた土砂で2階部分まで埋まり、そこに流木がぶつかって開いた穴だということでした。すでに災害から3か月以上が経過しているため、そこにあった大量の土砂は重機によって取り除かれていましたが、その爪痕は様々な個所に残っていました。
具体的な清掃作業は、床下の土砂の掻き出し、住宅の梁にこびりついた泥のブラッシング(今後消毒剤を散布する下準備)、土砂で汚れてしまった家財道具の清掃、などです。
老婦人の住居でしたが、悲しみをこらえつつも気丈に振る舞っておられたのが、印象に残りました。私達のようなボランティアが入ることで、少しは寂しさや悲しさも紛れ、心の支えにもなれれば、と思います。
休憩時には、出していただいたみかんをいただきながら、お話をさせていただきました。被害時の写真(土砂に埋もれてダメになってしまった車など)も見せていただきましたが、「命は助かったとはいえ、自宅がこんな風になってしまったら、呆然として、絶望してしまうだろうな」と感じました。
そうした緊急時には、やはり自分たちだけで出来ることは限界があるので、ボランティアを含めた助け合いの仕組みが必要だということを痛感しました。

<2日目>
2日目は、大きく2つのグループに分かれて活動を行いました。
1つ目のグループは1日目からの継続で同じ家屋の清掃作業、2つ目のグループは「みかんボランティア」といって、みかん農家の支援です。
私は吉田町玉津地区でのみかん農家の支援、具体的には早生みかんの収穫(みかん摘み)を行いました。みかん摘みというと、比較的負担の少ない作業に思えますが、実はそうではありません。愛媛のみかん畑は急斜面にあるため、足腰への負担が大きいのです。また、斜面から転落する危険もあり、注意しながら進めなければなりません。
みかん摘みは「二度摘み」といって、まずみかんを傷つけないよう大雑把に切って、次にギリギリのところで切る、という方法で実施します。最初はハサミの使い方にも慣れませんでしたが、1時間ほどで慣れ、大量のみかんを収穫することができました。あるメンバーは「最後には、みかんと会話できるようになった」と言っていたくらいでした。
その日の収穫量には、若手みかん農家の方にも感謝してもらい、「(手伝いなしで)これだけの量を1日で収穫できることはない」と仰ってました。
みかん摘みというと、直接的な災害支援には思えないかもしれませんが(私も最初はそう思っていましたが)、吉田町の全域で被害が発生したため、例年と違って、地元の方のお手伝いが集めづらい状況で、農家の方々が困っていたため、こうしたみかんボランティアも立派な支援活動になる、ということでした。

■活動を通じて感じたこと
実は私は、小学校から高校まで、宇和島市で過ごしました。今年の夏、豪雨によって地元が大きな被害を受けたことを知り、胸を痛めていました。
何かしたい、と思いつつ具体的なアクションには踏み出せずにいたところ、同僚が西日本での SMILE PROJECT を立ち上げる、ということを知り、手を挙げて参加させてもらいました。
災害から3か月以上が経過した後で、かつ短い期間ではありましたが、今もなお支援を必要とする地元の復旧に少しでも貢献できたことを嬉しく思います。
また、四国エリアの担当者や松山出身の社員を含めて、今回の活動を企画し、そして参加してくれた同僚に感謝します。

これまでに経験したことのない集中豪雨。まさか何十年も安全に暮らしていた自宅の裏山が崩れてくるとは、思いもよらなかったと思います。
やはり自然の力は強大で、時に人間の想像を超える結果をもたらします。その怖さを改めて感じました。
1日目の夜に少し強い雨が降ったのですが、みかん農家の方は翌朝「怖かった」と仰っていました。雨による災害を経験しているので、少し強い雨でも怖い、という感覚が蘇るようです。そうした恐怖心とも付き合いながら暮らしていかなければならない、それだけでもストレスになるのだと分かりました。

また、災害はいつ、どこで起きるか分かりません。今回は西日本でしたが、明日は我が身かもしれません。そう考えて、その時困っている人を何らかの形で支援する、その活動を続けていきたいと思います。

■最後に…「つながり」と「継続」
「ボランティア活動は、人と人とのつながり」とは、「災害NGO 結」の代表者が仰っていたことです。
まさにその通りで、今回は以前福岡にて実施した SMILE PROJECT の際に知り合った方からのつながりで、「結」さんと連携して活動を行うことができました。
また、私達はボランティアとして入りましたが、現地のどのお宅がどういった支援を必要としているかは、当然分かりません。現地のニーズを汲み取って、ボランティアで入ってくる人達とつなぐ、こうした受入れ側の支援があって初めて、私達のようなボランティアが時間を無駄にすることなく、役に立てることを実感しました。そうした支援をしてくださった「結」さんに改めて感謝いたします。

そして、継続。
お別れの際に「また来てね」という声を多くいただいたのが、印象的でした。
私達を温かく受け入れてくださった現地の皆様に、心から感謝いたします。
「また来てね」という言葉は、私には半分、「忘れないでね」という言葉にも聞こえました。災害直後は注目するけれど、時が経つと忙しさにかまけて、忘れてしまいがちになる。そうした私達の気まぐれさに対する、警鐘のようにも聞こえました。
SMILE PROJECT は2011年から継続している活動ですが、愛媛に行ったのは初めてです。せっかくできた団体や地元の方とのつながりを切らさないようにしたい。時とともに支援の形は変化していきますが、ニーズがある限り、継続して足を運びたいと強く思いました。