サイバー犯罪
Modern Bank Heists 2026:金融の主導権をめぐるマシンスピードの攻防
エージェント型AI、国家支援型の攻撃者、サービスとしてのサイバー犯罪(Cybercrime-as-a-Service)はいかにして金融セクターの防御を追い越しつつあるのか。そして、防御側はいかにしてマシンスピードで対抗できるのか。
2026年6月、TrendAI™は金融セクターの最高情報セキュリティ責任者(CISO)46名を対象に調査を実施しました。最大の発見は、67%の金融機関が「カウンター・インシデントレスポンス」、すなわちインシデント対応の最中に攻撃者が防御側の対応そのものを妨害しようとする行為を経験していたことです。攻撃者がデータの窃取から防御側の対応能力の切り崩しへと軸足を移したとき、争いの性質は変わります。もはやデータをめぐる戦いではなく、対応の主導権をめぐる戦いなのです。
時を同じくして、AIを悪用した攻撃は前年比89%増となり、攻撃がマシンスピードで進行していることが裏付けられました。かつては熟練した攻撃者による手作業を必要としたキャンペーンが、今では自律的に実行され、フィッシング、詐欺、脆弱性悪用がバックグラウンドで並行かつ継続的に進行しています。
包囲される金融セクター
過去1年間で、調査対象組織の41%が破壊的なサイバー攻撃を受けており、データの持ち出しから破壊へという攻撃側の明確な方針転換がうかがえます。APIのアタックサーフェスは拡大を続けており、55%がAPIを標的とした攻撃の増加を報告しています。また、ほぼ半数(46%)が、未公開の市場情報や投資戦略を狙った侵入を報告しました。攻撃者は、資金と同じ執拗さで市場戦略を盗み出そうとしています。
不正の手口も歩調を合わせて進化しています。最も懸念される脅威はアカウント乗っ取り(37%)で、ディープフェイクを組み合わせたビジネスメール詐欺(BEC)およびリバースBEC(RBEC)(28%)、AIを悪用したスピアフィッシングとスミッシング(26%)が続きます。生成AIの登場により、説得力のあるソーシャルエンジニアリング攻撃のコストはほぼゼロにまで下がりました。組織のインフラを踏み台にしてその顧客へ攻撃を広げる「アイランドホッピング」は、回答者の37%が確認しています。企業の侵害が、そのまま顧客側のリスクに直結する時代になりました。
リソース不足が脅威に拍車をかけています。このような状況にもかかわらず、54%の組織では予算が増額されませんでした。セキュリティ部門の位置づけも依然として構造的に低いままで、57%の組織ではセキュリティ機能が独立した経営権限を持たず、最高情報責任者(CIO)の配下に置かれています。投資が行われる場合も、その対象はテクノロジー(70%)に偏り、マネージド・ディテクション&レスポンス(20%)や人材(10%)への投資は不足しています。一方で、35%がXDRプラットフォームの入れ替えを検討し、27%がソブリンクラウドを検討しており、金融機関がセキュリティアーキテクチャの見直しを進めている様子がうかがえます。
見えない同乗者:ステガノグラフィ
サイバー犯罪者は、ごく普通の画像の中に攻撃インフラを埋め込むようになっています。画像のピクセルに命令を隠しておき、侵害したソーシャルメディアやホスティングサイトを経由してマルウェアに取得させる手口です。
Daserfなどのバックドアは、RC4とbase64エンコーディングを組み合わせたステガノグラフィのアルゴリズムを用いて、従来のトラフィック検査をすり抜ける隠密なコマンド&コントロール(C&C)チャネルを確立します。Pawn Stormをはじめとする国家支援型の攻撃者は、ステガノグラフィと正規のクラウドサービスを組み合わせ、エンドポイント監視を完全に回避しています。また、侵害したクラウドストレージのバケットを悪用し、画像ファイルに隠した不正スクリプトを配布する攻撃も確認されています。新たな最前線となっているのが、2年前には存在しなかった脅威ベクトルである「不可視のプロンプトインジェクション」です。画像に埋め込まれた攻撃者の指示を、AIシステムが気づかないまま処理し、実行してしまうという脅威です。
蔓延するRAT
金融機関に対する脅威の中核を成すのは、5つのリモートアクセス型トロイの木馬(RAT)です。監視用に転用された市販ツールから、単一のインプラントで詐欺のライフサイクル全体をカバーする専用のMaaS(Malware-as-a-Service)プラットフォームまで、その性格はさまざまです。いずれも銀行や暗号資産取引所への攻撃キャンペーンが確認されており、RATを用いた侵入がいかに手軽になり、深刻な金銭的被害をもたらすようになったかを物語っています。
- Remcosは、当初は正規ツールとして販売されていましたが、Webカメラのライブストリーミングやキー入力の即時送信が可能なリアルタイム監視プラットフォームへと変貌しました。
- AsyncRATは無償かつオープンソースで、流通量では最多を誇り、GitHub上に40を超えるフォークが存在するエコシステムを形成しています。金融分野の攻撃としては、Winnti系列によるSkype経由のGodRATキャンペーンが知られています。
- XenoRATは、北朝鮮のAPT(持続的標的型攻撃)グループKimsukyによってフォークされ、「MoonPeak」と呼ばれる亜種が生まれました。韓国の金融機関や政府機関へのキャンペーンが記録されており、10億ドル規模に上るその被害については次のセクションで詳しく述べます。
- BananaRATは、画面のストリーミング、オーバーレイインジェクション、QRコードを利用したPix送金の改ざん、常時キーロギングを、1つの詐欺・監視プラットフォームに統合しています。ブラジルの精鋭攻撃者SHADOW-WATER-063によって展開され、ブラジル国内の16の金融機関・暗号資産取引所への攻撃を成功させました。
- XWormは、この5種の中で最も高度なRATで、500米ドルの買い切りライセンスで販売される商用MaaSです。モジュール型のアーキテクチャは、ランサムウェア、分散型サービス拒否(DDoS)、隠しVNC(HVNC)、USB経由のラテラルムーブメント、暗号資産のクリップボードハイジャックにまで及びます。単一のインプラントで金融分野の主要な攻撃ベクトルをすべて網羅する、このクラスで唯一のツールです。キャンペーンとしては、ブラジルおよび中南米で展開されたBradesco銀行の偽の入金レシートを使った誘導(英語)のほか、ビジネス文書を装った送金フィッシングが世界規模で記録されています。
注目すべきサイバー犯罪グループ
FIN7(英語)(別名:Sangria Tempest、Carbon Spider)は、現在活動している金銭目的の攻撃者の中でも屈指の活発さを誇り、ツールキットを絶え間なく進化させてきました。ツールはCarbanakからDiceloader、Minodoへと移り変わり、2025年にはPythonベースのRAT「Anubis Backdoor」に至っています。いずれの世代も痕跡を最小限に抑えるよう設計されており、リフレクティブローダーによって追加モジュールをメモリ上で実行するため、防御側が手がかりにできるものはディスク上にほとんど残りません。同グループは、AES(Advanced Encryption Standard)で暗号化した生のTCPソケットを用いて、TLS(Transport Layer Security)検査による制御を回避します。さらに、「AuKill」(AVNeutralizer)と呼ばれるEDR(エンドポイントでの検知と対応)無効化ユーティリティの販売も確認されています。AuKillはMicrosoftのProcess Explorerドライバを読み込んでカーネルモードでの実行権限を獲得し、エンドポイント防御を完全に無力化します。
Void Balaur(別名:Rockethack)は、アンダーグラウンドフォーラムで宣伝を展開するハッキング請負サービスで、銀行口座情報、個人を特定できる情報(PII)、アカウントの認証情報一式を、相手を選ばず販売しています。同グループは、認証情報を狙う独自の情報収集型ハッキングツール(スティーラー)「ZStealer」を展開し、ブラウザ、メールクライアント、インスタントメッセージングプラットフォーム、暗号資産ウォレットを標的とするほか、スパイウェア「DroidWatcher」を通じてAndroidデバイスにも活動範囲を広げています。これは現代の金融サイバー犯罪における「アウトソーシング層」に当たるもので、攻撃者は自らの身元をさらすことなく、初期アクセスや情報を購入できます。
Lazarusグループは、北朝鮮の金銭目的のサイバー部門であり、SWIFT(国際銀行間金融通信協会)端末への攻撃から、従来の銀行規制の枠外で資金を換金できる暗号資産の窃取へと明確に軸足を移しました。ソーシャルエンジニアリングで開発者を侵害し、ソフトウェアサプライチェーンに感染を広げ、ブロックチェーンを利用したC&C解決(「EtherHiding」)によってマルウェアの各ステージをEthereumネットワーク上に保存するため、テイクダウンが構造的に困難です。前述のXenoRATや、その独自フォークであるMoonPeakといったマルウェアを用い、北朝鮮系の攻撃者は2025年の1年間だけで20.2億米ドル相当の暗号資産(英語)を盗み出しました。
「金融セクターは以前から攻撃者にとって格好の標的であり続けてきましたが、今日目の当たりにしているのは、攻撃の巧妙さと規模の両面における大きな進化です。TrendAIのリサーチでは、単に技術的な脆弱性を悪用するだけでなく、送金ワークフローから認証システム、内部関係者のアクセス経路に至るまで、金融機関が依拠する『信頼のインフラ』そのものを組織的に狙う脅威グループを追跡しています。今後を見据えたときに最も懸念されるのは、こうしたすでに成熟した攻撃オペレーションとAIの能力が融合することです。AIを悪用した攻撃により、高度に標的を絞ったソーシャルエンジニアリングの大規模な自動化、経営幹部になりすます説得力のあるディープフェイク通信の生成、金融侵害に先立つ偵察フェーズの大幅な高速化が可能になる時代が始まりつつあります。現代の銀行強盗は、押し入って奪い去るような犯行ではありません。長期にわたる、忍耐強い、AIの支援を受けた作戦です。この現実への備えを今日始めていない組織は、明日、不意を突かれることになるでしょう。」
— Jon Clay(VP of Threat Intelligence, TrendAI™)
マシンスピードでの防御をめぐる競争
金融セクターは転換点を迎えています。攻撃者は今や、中央のオーケストレーターの下に特化型のAIエージェントを連結し、フィッシング、詐欺、脆弱性悪用を含むエンドツーエンドのキャンペーンを、マシンスピードで絶え間なく実行しています。セキュリティアーキテクチャも同じ次元で応じる必要があります。オーケストレーションされたマシンスピードの攻撃には、人手に頼った人間のペースの防御ではなく、同等に自動化されたAI主導の検知と対応で対抗しなければなりません。
金融機関は、次の10の機能を組み合わせることで、こうした侵入に対抗できます。
- ゼロデイ脆弱性に対する仮想パッチ:ベンダーの正式パッチが提供される前に、脆弱なシステムを悪用から保護します
- ナレッジグラフの関係性を活用したプロアクティブな脅威ハンティング:資産、アイデンティティ、イベントのつながりをマッピングし、悪用される前に潜在的な攻撃経路をあぶり出します
- 影響範囲(ブラストラディウス)の算出:1つの資産の侵害から攻撃者がどこまで到達し得るかを定量化し、インシデントが全社に広がる前に封じ込めます
- プロンプトインジェクションの防止:AIシステムが処理するコンテンツに埋め込まれた攻撃者の指示をブロックします
- コンピュータビジョンによるディープフェイクの識別:経営幹部へのなりすましやソーシャルエンジニアリングに使われるAI生成の動画・音声を検知します
- エンドポイント検知のための実行前・実行時の機械学習(ML):不正なコードを、実行前とメモリ上での実行中の両方の段階で特定します
- BEC対策のための文体分析:なりすましやアカウント侵害の兆候となるメール文面の異常を検出します
- アナリスト向けのクエリ生成支援:自然言語の質問を脅威ハンティングのクエリに変換し、調査を加速します
- グローバルおよび業界別の脅威インテリジェンス:金融機関を狙う進行中のキャンペーンと照らし合わせて、アラートに文脈を与えます
- マネージド・ディテクション&レスポンス(MDR)サービス:専門家による監視とインシデント対応を24時間365日提供します
最も重要なのは、CISOの地位を引き上げることです。セキュリティ部門が、自らチェックすべき対象であるテクノロジー部門の配下にある限り、その監督には説得力がありません。セキュリティがいまだCIOの配下に置かれている57%の金融機関は、是正すべき構造的な弱点を抱えています。安全性とレジリエンスは今や、経営レベルでのプロアクティブなサイバーセキュリティにかかっています。
サイバー犯罪グループは工業化を遂げ、フィッシング、詐欺、脆弱性悪用を、個別に手動で操作するツールとしてではなく、オーケストレーションされたマシンスピードのパイプラインとして運用しています。初期侵入から収益の資金洗浄まで、キルチェーンのすべての段階が完全に自動化されるまでの猶予は、刻一刻と失われつつあります。防御側は、その猶予が尽きる前に先手を打たなければなりません。検知と対応の自動化に今すぐ取り組む金融機関こそが、後手に回るのではなく、戦いの主導権を握ることができるのです。
参考記事
Modern Bank Heists 2026: The Machine-Speed War for Financial Control(現代の銀行強盗2026:金融の主導権をめぐるマシンスピードの攻防)
By Tom Kellermann (VP of AI Security and Threat Research, TrendAI™)
翻訳:与那城 務(Platform Marketing, TrendAI Research)